奥山健司さんの長沙日記

JAPAN-CHINA FRIENDSHIP ASSOCIATION OF KAGOSHIMA CITY

奥山健司さんの長沙日記

本場の中華料理をたらふく食べたい,中国の雄大な自然に触れてみたい,そんなたわいもないことを考えていたら,いつの間にやら中国の日本語学校で働くことになりました。当然,中国語も全然話せません。あるのは旺盛な食欲と,好奇心だけ。そんな,まるで冬眠明けのクマみたいな私が,見て・食べて・遊んで・触れ合った中国をお伝えします。

2011年3月   奥山


2012/01/08
不会説漢語

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もうすぐ黄花空港へ出発。
長沙に来て4カ月。食べて遊んでばかりの4カ月。中国語はまったく上達しなかった。

食堂では今でも身振り手振りの注文。近所のラーメン屋では,私が行くと菜箸を渡してくる。壁のメニューを指し示すため。

朝食の肉まん屋の店員さんは私の好みの肉まんをすぐに4個出してくる。
果物屋のおじちゃんはいつもゆっくりと金額を教えてくれる。

スーパーの店員さんたちは道であっても「ハ~イ!」と声をかけてくれる。
最初に行った食堂のお母さんは店の前を通るたびに話しかけてくる。

バドミントンでは,ペアの女性が見るに見かねて特訓してくれるし,会長はいつも「上手,上手」とおだててくれる。

学生達はあちらこちらに連れて行ってくれるし,いろんなイベントにも一緒に参加した。

双節棍もやってみた。コスプレも見た。孔明灯も揚げた。鳳凰へも行った。岳陽楼も洞庭湖にも行った。

地元の料理もたらふく食べた。有名なお酒もたくさん飲んだ。カレールーの売り上げにはだいぶ貢献したと思う。

充実した4カ月。あっという間の4カ月。みなさん謝謝!

2012/01/07
温故知新

1時から雷さんと友人の任さんと3人で黄興路へでかけた。

今日は写真をとることが主な目的。先日連れてきてもらった雷さんの実家周辺の路地が撮影現場。

古い中国の街並。生活感あふれる中国。つまり日本が失くしてしまった風景がそこにある。

そんな街並を歩いていると時間を忘れる。子どものころの故郷の風景。まるでタイムスリップしたような感じ。自分がどこを歩いているのかさえも分からなくなる(地理不案内とは別に)。近くには孔子ゆかりの建物もあり,論語の名文が壁に並んでいた。

散策した後,近くの喫茶店に入った。とてもおしゃれな雰囲気の店内。

まるで六本木や原宿あたりにありそうな感じ(行った事ないけど)。一歩表通りに出るとこんなしゃれた感じの店が立ち並ぶ。

店員さんは日本語が少し話せた。気をきかせてくれたのか日本の歌も流れた。ジャズ風なアレンジの「SWEET MEMORIES」と「Fall in Love」。

任さんは雷さんの日本語学習仲間。日本のアニメが大好きな高校3年生。

彼女は4月から東京に留学するそうだ。コスプレイヤ―だそうなので,夏にはアキバでコスプレをやっているかもしれない。

ちなみに珈琲1杯38元(約460円)。

2012/01/05

 範先生・劉先生ご夫婦が送別会を開いてくださった。バドミントンの会長の李さんご夫婦もいらっしゃった。

 おいしい四川料理と美味しいお酒をたくさんいただいた。どの料理もまろやかな辛さがとてもおいしかった。有名な四川料理のコースを腹いっぱい食べることができた。
 
 みなさんの会話はほとんど分からなかったが,李さんが私の故郷のことを尋ねてきた。劉先生に綺麗な海と満天の星空のことを通訳してもらった。

 ここ長沙に海はない。残念なことに,霞んだ夜空に昴を探すことはできない。このふたつとも何物にも代えがたい。ぜひ,お世話になった方々にその美しさを実感してもらいたい。

 途中から範先生と劉先生の息子さんも参加した。中学生の彼は,範先生によく似た男前。バスケットをやっていて,日本語も少しは話せる。3年後くらいに日本へ留学するそうだ。

2012/01/04

豊かさを求めて

 雷さんが実家に用があると言うので一緒に連れて行ってもらった。雷さんの実家は黄興路の広場からちょっと奥に入ったところにある。

 メインストリートは若者達でにぎわっているが一歩筋が違うと雰囲気が全然違う。

 この古い街並みでは,華やかなファッションで着飾った世界2位の経済大国とは別の庶民の生活のにおいが感じられる。

 中国の人々も豊かさを追い求めている。古い建物がどんどん取り壊され,都市計画のもとモダンなビルが立ち並ぶ。日本がそうだったように。

 中国は物価が安い。だが,贅沢品に関していえば日本とさほど変わらない。

 たとえば車,国産の車は確かに安い。それでも,5万元(約60万円)はするそうだ。しかし,長沙市内を走っている車の多くは外国メーカーの名前が入っている。外国産の輸入車に関して言えばほとんど日本と値段は変わらない。

 長沙の車の保有台数は100万台を突破し,ひと月に約20万台のペースで増えているそうだ。最近行われた商談会で1日2万台の契約があったという。長沙市内の車の多さとその種類で中国の発展のスピードを感じ取ることができる。

 ガソリンの値段も高い。また,珈琲やチョコレートなども日本とさほど変わらない。マクドナルドやケンタッキーの値段も同じようなものだ。

 1日15元(200円)で食費はまかなえる。しかし,ケンタッキーでチキンとコーラーをたのんだら,それで約20元。それでもケンタッキーはいつも満員だ。

2012/01/03

「又見炊烟」

 インターネットを見ていたら王菲の話題が出ていた。彼女の美しくすんだのびやかな歌声が画面から流れてきた。

 しばらく聴いていると懐かしいメロディーに気づいた。10秒くらいしか流れなかったが,

 何回聴いてもこれは「里の秋」の出だしだ。画面には「又見炊烟」と曲名が出ていた。

 さっそく調べてみると,やっぱり「里の秋」だった。テレサ・テンも歌っていた。中国で日本の唱歌を聴くとは思わなかった。中国語の「又見炊烟」も,なんか落ち着く。ご飯が食べたくなった。

2012/01/01

おだやかな年明け

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 午前0時にあちらこちらで花火が打ち上げられた。日本より1時間遅れの新年。

明けましておめでとうございます。
   今年もよろしくお願いします。

 初日の出は雲と霧で残念ながら見ることができなかった。しばらくは天気が悪そうだ。気温は思ったほど低くない,鹿児島の方が寒いと思う。この冬は異常に暖かいそうだ。これも,温暖化の影響かもしれない。

 昼過ぎに雷さんと功夫クラブの学生2名が訪ねてきた。男4人で私が作った雑煮らしきものを食べてみた。やっぱり餅を食べると正月の気分になる。ここの餅を初めて食べてみたがおいしかった。次はぜんざいにも挑戦してみよう。

 雷さん達はこれから黄興路へ買い物に行くということだ。誘われたが今日はやめておいた。天気が良くなったら写真を撮りに行こう。

2011/12/31

大晦日

 今,10時を回った。もうすぐ,年が明ける。いろんなことが起きた2011年がもう終わる。

 今年は絶対忘れられない一年となるだろう。未曾有の大災害。今までの価値観が大きく揺さぶられた一年だったと思う。
来年こそ良い年になりますように。
 皆様よいお年をお迎えください。

2011/12/30

放送室

 今日から冬休み。帰国するとき上海で一泊するホテルを予約してもらうために事務室に出かけた。葛先生にお願いしてなんとか予約完了。

 その後,雷さんから電話があり,学校の放送部を見学に行くことになった。

 正門のそばの学校の事務室の建物の一室に放送室はあった。5人ぐらいの学生がお昼の放送をしていた。齊さんという学生がいろいろと教えてくれた。

 雷さんの話では彼女の標準語はとても美しいらしい。先日行われた新年祝賀会の司会もしていたとのことだ。

2011/12/29

会話のテスト

 今日は会話の試験。学生達も緊張気味。授業が終わるとみんなそれぞれ故郷へ帰って行くので,1時間早めにスタートした。

一人5分程度,文型・発音・会話の流れ等をチェックした。決められたテスト用紙があるわけでもないので,これまで学習してきたテキストからピックアップして質問した。

やっぱり敬語が難しかったようだ。日本人でも間違えるのだから当然かもしれない。来学期は1級目指してがんばれ。

2011/12/27

湖南机電職業技術学校新年祝賀会

 先日から呉さんが「スパゲッティーを作ってください。」と何度も言ってきた。なんでも韓国ドラマを見ていたら韓流スターがスパゲッティーを食べていて,それがとても美味しそうだったということだ。

 そんなに言われてもなぁ~。私がスパゲッティーを茹でたのはこの前作ったカレースパゲッティが人生で初。

 呉さんの話から判断すると韓流スターが食べていたのはナポリタンのようだ。

 はっきり言って私はドラマをほとんど見ない。(韓国ドラマは美人が多いので見たい気もするが)それよりなにより私はトマトケチャップが苦手なのだ。だから,絶対ナポリタンを自分で作ろうとは思わない。

 ということで,中華坦々麺風味パスタを作ることにした。まったく自信がないが,葛先生から坦々麺の素をもらってたし,どうせなら新しい料理にチャレンジするのも,まぁいっか~。
 結論,やっぱり,坦々麺は中国の麺で作りましょう。

 夜7時から湖南机電職業技術学校新年祝賀会が学校の広場であるので,まずいパスタを食べた後,みんなで出かけた。

 出演者たちは,数日前からリハーサルを何度も繰り返していた。私が所属する功夫クラブも出演する。

 広場の隅のほうで立っていたら,係員に学校関係者以外は広場から出るように言われた。職業技術学校の学生じゃないと中で見ることができないようだ。

 呉さんたちが,私はカメラマンだからと交渉してくれた。おかげで広場の前の方で写真をとることができた。彼女達は制止線の所から見ていた。

 新年祝賀会では歌,舞踊,パントマイム,書道等々様々なパフォーマンスが舞台で演じられた。どれも素晴らしく,大いに盛り上がってた。

 殷さんが出演した功夫クラブの演技も素晴らしかった。殷さんからヌンチャクをプレゼントされた。

2011/12/25

バドミントンクラブの交流会

 範先生に誘われてバドミントンクラブの人たちとの交流会(忘年会)に参加した。場所は郊外の農村にある宿泊所の様なところ。

 ペンションのような建物が並んでいて,釣りや卓球などができる。私がテニスを好きだということで,しようということになったが,残念ながらコートが準備できていなかったみたいで,卓球になった。さすが,国球と言われるだけあってみなさん上手だった。

 部屋には全自動の麻雀台があったので,卓球の後,麻雀になった。言葉が通じなくても,スポーツやゲームは十分楽しめる。

 食事は大きなテーブルを囲んで,楽しい会食。あまり辛くなくとてもおいしかった。

 ギターを持ってきていたので,食後にみんなで日本の歌や中国の歌をうたった。「乾杯」「時の流れに身をまかせ」「美麗的神話」「朋友」「昴」「月亮代表我的心」など。

 その後,市の中心街へカラオケに行った。4つ星ホテルの中にあるカラオケ店で,次から次へと歌い始めた。

 さすがバドミントンできたえているだけにみんな元気だ。私も「花心」を歌った。後半はだいぶ酔いが回ってほとんど寝ていたが,とても楽しい一晩だった。

2011/12/24

孔明灯

 最近,中国ではクリスマスにリンゴを食べることが広まっているらしい。何でも苹果(リンゴ)の苹の発音が平安の平の発音と同じということから広まったらしい。

 昨日のヌンチャクの練習が始まる時にクラブの先輩達から部員にリンゴが配られた。私もいただいた。

 最近,道端でリンゴを1個ずつ箱に入れて売っている人を見かけた。1個5元とか言っていた。この時期はリンゴの値段が急に上がるそうだ。

 葛先生や劉先生はそのことを知らなかったので,最近,流行ってきたものだろう。

 11時に殷さんと星沙に出かけた。安い按摩屋を探していたら,土産物屋があったので,お菓子などを買い込んだ。按摩屋は60元と70元の店を見つけた。今度行ってみて,比べてみたい。

 夜は『孔明灯』を揚げた。1個4元のものを2個揚げてみた。7時に運動場で学生達と待ち合わせた。

 今日は風もなく快晴,『孔明灯』は真っ暗な夜空を高く高く上がっていった。イブの夜になんともロマンチック。

2011/12/23

太平老街

 昼から葛先生に太平老街へ連れて行ってもらった。ここも歩行街だ。

 ここは,黄興路と違って石畳と昔の雰囲気の商店が並んでいる。客も黄興路より少ない。落ち着いた感じの古い商店街。

 街の入口近くに秤を専門に売っている店があった。小さな薬用の秤からインテリアになりそうな大きな秤など,いろんな秤を見つけた。

 中ほどには,本物かどうかは定かではないが,革製品の専門店もあった。染物屋では素敵な草木染めを何枚か見つけた。今度来た時は,時間をかけてゆっくりと一軒一軒見てみたい。

 夜は7時からヌンチャクの練習。殷さんにいろいろ教えてもらっているが,難しい。

 ヌンチャクをしながら殷さんに日本語を教えている。殷さんがいろいろと聞いてくる。

 真っ暗な夜空を横切る灯を指さし,「日本では何と言いますか。」と聞いてきた。当然ヘリコプターだと思ったので,そう答えた。

 昼間はほとんど見かけないが,夜はよく見る灯りだ。中国のヘリコプターはあまり音がしないなと思っていた。

 しかし,彼が手帳に書いた『孔明灯』の文字を見て,やっと気付いた。

2011/12/15

先生方との昼食会

 今日の昼食は先生方をアパートにお招きした。メニューは当然いつも学生達に出しているカレー。
 
 学生たちよりも舌が肥えている先生方なので口に合うかどうかはちょっと不安なのだが,私が作れるのはカレーしかない。

 ここに来て何度も作っているので,失敗すること?はたぶんない。ただ,先日買った炊飯器の調子が悪く,ご飯がちゃんと炊けるかが不安であった。

 いつもよりちょっと辛くしようと思い,唐辛子の調味料を入れてみた。スーパーでナスビが目に付いたので,それも入れてみた。具だくさんのカレー。ご飯もなんとか炊けた。

 みなさんおいしいと言ってくれた。

2011/12/13

1年生のクラスとの交流

 昼ご飯を1年生の学生達が作りに来た。

 魚や野菜,肉などたくさんの材料で食べきれないほどの料理を作ってくれた。

 みんな料理がとても上手だった。特に中国風の辛い鍋料理がおいしかった。

 殷さんが風邪をひいた私のためにガスレンジでミカンを焼き出した。黒こげになったミカンをみんなが笑いながら見ていた。

 辛い料理と焼きミカンで風邪が治った気がした。

 食後は会話をしましょうということで,それぞれの趣味や出身地などを尋ねた。

 中国の観光地についてもいろいろ紹介してくれた。香挌裏拉(シャングリラ)がとてもきれいだそうだ。ぜひ,訪れてみたい。

2011/12/11

風邪

 やっぱり風邪をひいた。寒い中,皆既月食を観察したから仕方がないか。

 今日は1日家にいたので,久しぶりにブログをアップすることにした。約1カ月ぶり。

 先日,あまりに更新がないので心配した友人からSkypeで連絡が来た。

 見てくれている人がいたのはちょっと嬉しかった。これからは,さぼらずにアップします。

2011/12/10

皆既月食

 最近の長沙は珍しく空気が澄んでいて空も青く高い。天気も快晴なので,絶好の観察日よりだ。ただ,寒い。たぶん,5℃前後。

 20時45分ごろからかけ始めてきた。全部かくれるまで寒さに耐えて,アパートの前でカメラを構えていた。

 残念ながら三脚もなく,カメラ初心者の私には天体写真は難しい。皆既月食をぶれなくとらえることができなかった。

 しかし,こんなに美しい皆既月食を見たのは初めての経験だった。

 空高くピンポン玉のような紅い月が浮かんで,とても幻想的。

 寒さを忘れて,しばし,見とれていた。

2011/12/09

何事も簡単には身につかない

 1年生の学生たちがアパートにきた。一緒にカレーを食べた。

 日本語を習い始めてまだ,2~3カ月なので,ほとんど会話にならない。

 でも,コミュニケーションに一番大事なのは意欲だ。相手を知ろうとする事が大切。

 学生たちは必死に私の日本語を聴きとろうとしていた。私も彼らの話す日本語の断片と中国語を理解しようとした。

 最後にみんなでいろんな歌を歌った。「朋友」「美麗的神話」「未来へ」「時の流れに身をまかせ」等。

 4時半から功夫クラブの交流会があると言う事なので運動場へ行ってみた。

 他の学校のクラブが来て,一緒に練習すると言う事だ。全部の学校がそろったのは6時を過ぎていた。もう,あたりは暗く,部室の前の裸電球をつけて交流会が始まった。

 今日はとても寒いのに,みんな熱心にそれぞれの技を披露しあっていた。

2011/12/05

呉さんの家

 ここ数日で突然寒くなった。今までが暖かすぎたのだとは思うが,10度くらい下がった。寒いし,授業がないので,家でゴロゴロしていた。
 
 12時に呉さんから電話が来た。私が開福寺へ行きたいと言っていたので,これから行こうということだ。

 昼食は呉さんのお父さんが準備しているとのことだった。学生たちと呉さんのお宅でお父さんの手料理を御馳走になった。

 家鴨の鍋物や野菜,豚肉などおいしい家庭料理をいっぱい御馳走になった。

 お父さんは本当に料理が上手だった。仕事はバスの運転手だそうだ。

 その後,湘江のそばで演じられている京劇を見に連れて行ってくれた。観客が大勢いて,とても興味深かった。

2011/12/04

表彰式

 学校の広場が朝から何やら騒がしかった。ステージを作っているし,スピーカーをセットして大きな音で音楽を流している。ステージには大きな看板が掲げられていた。

昼ごろ見てみるとダンスの練習をしていた。

19時からなにやらイベントがあるそうだ。

夕方になると学生たちがめいめい椅子を持って広場に並べ出した。

この学校は1万人ほどの学生がいるそうなので,広場は椅子で埋め尽くされた。

殷さん,雷さんと一緒に見ることにした。二人に聞くと何でも優秀な学生の表彰式が行われるとのことだった。

 学生が集まったころ,進行役の着飾った男性と女性がマイクを持って登場した。いよいよ表彰式のスタート。

 学生たちがステージに呼ばれ,学長らしき人からペナントのようなものを手渡されていた。

 表彰式の後は,バンドの生演奏やダンスなどが披露されていた。

2011/12/03

ヌンチャク大会

 殷さんが出場するヌンチャクの大会があるということで,見学に行ってみた。

 会場は雷蜂という町の近くの電気技術学校。ちょっと遠く,西站でバスを乗り換え,そこから30分くらいかかった。

 1時開始という事で,まず,昼食をとり,すぐに練習を始めた。先輩の学生達がいっしょに着いて来ていたので,殷さんにいろいろとアドバイスをしていた。

 出場者は30名ぐらいで,各学校の新入部員たちの代表みたいだった。一人2~3分の演技があり,それで優劣を決めているようだった。

 演技の合間には歌やダンスが披露されていた。残念ながら殷さんは入賞を逃したが,良い体験だったと思う。

 夜は張さんが訪ねてきた。明日ある2級の試験が終わると大連に行くので,お世話になった張さんと一緒に夕食をした。

 月曜日の飛行機で大連に行くそうだ。試験に合格して,目標の通訳になれることを願う。
いろいろありがとう張さん

2011/12/02

乾杯

 朝6時半から武術協会の早朝練習が始まる。

 先ず,全員整列して,運動場をランニング。2周まではなんとかついていけたが,あとはリタイヤ。体力不足を痛感。

 その後,柔軟運動。それから,各グループに分かれて練習。

 練習の合間に超さんが,日本語のあいさつが書かれた紙を持ってきた。昨晩インターネットで調べたようだ。

 彼女は日本の車が大好きだということだ。いつも日本語で「こんにちは」と言ってくれる。ヌンチャクさばきもとても上手で,下級生に教えている。私にもいろいろと教えてくれる。優しい学生さんだ。

 夕食はバトミントンクラブの会長の李さんから招待を受けた。

 学校の近くの住宅街にある料亭で羊料理を御馳走していただいた。

 参加者はバトミントンクラブの仲間,8名。おいしいお酒も出たが,酔っぱらうと御馳走が食べれなくなるので,少しだけ飲んだ。

 範先生はだいぶ飲んでいた。「乾杯」を大きな声で歌っていた。すごく上手だった。「乾杯」は中国でもヒットしたとのことだ。

 こうして,いろんな方が歓迎してくれる。ありがとうみなさん。

2011/12/01

湖南省機電職業技術学院武術協会総会

 夜7時からの練習に運動場に行ってみたら,殷さんが待っていた。他の部員は誰もいなかった。

殷さんの話では武術協会の話し合いがあるという事だった。急いで,会場の110号室にいったら,ちょうど始まるところだった。

部員は全員で100名近くいるそうだ。今日は40名くらいの参加だった。

次々と前に出て何か発表していたが,さっぱりわからない。殷さんの話では,寒くなったが真面目に練習することが大事だということ言っていたそうだ。

途中でみんながこちらを向いて拍手をしだした。私の紹介があったようだ。
みんな歓迎してくれた。謝謝!

 総会が終わった後,運動場で練習をした。なかなかうまくいかない。

2011/11/29

太極拳

 雷さんから誘われて,太極拳の早朝練習に参加した。

 先日,殷さんに誘われた同じクラブだ。

 雷さんは太極拳,殷さんはヌンチャク,それぞれ分野が違うらしい。

 最初に殷さんと一緒に参加したので,ヌンチャクの方に入部した。

 入会金は40元という事なので,支払おうとしたら,担当の学生がなかなか受け取ってくれない。

 歓迎の意味で,無料だと言う。おまけにクラブのロゴTシャツまでくれた。これは,頑張らなければ!

 授業では,届いた聴解の練習問題をした。「な」「ら」「だ」の聞き取りが難しかったようだ。試験まで,一週間を切った。頑張れみんな。

 夜は火曜の夜恒例のバドミントン。

2011/11/28

橘子洲

 張さんと橘子洲公園へ出かけた。

橘子洲とは湘江に浮かぶ島。長沙市内の繁華街からすぐ近くにある。とても広く,細長い。

橘子洲大橋から歩いて公園の南端まで行ってきた。2~3kmはあると思う。

天気が曇りで,いつものように街全体にスモッグがかかり,景色はあまりよく見えなかった。

島の中は樹木が多く,広場には芝生が植えられていた。ベンチがあちらこちらにあり,読書でもしたくなる落ち着いた感じの公園だった。

名前の通り柑橘系の実があちらこちらにぶら下がっており,とろうとしていた観光客が警備員に叱られていた。

島の南端には毛沢東主席の若かりし頃の像がそびえたっていた。像と言うより巨大なモニュメント。さすが中国,大きい。
 
昼食にラーメンを食べ,バス停へ向かっていたら,大きな電気店を見つけた。炊飯器が壊れていたのを思い出し,ここで買う事にした。

ちょうど,中国建設銀行のカードを使ってみたいと思っていたので,カード決済をしてみた。思ったより簡単にできた。これからは買い物もこの方法でやってみようと思う。

炊飯器170元を160元にまけてもらった。約2000円。

 帰り事務室に寄ってみたら,本が届いていた。みんなの日本語中級の本と検定試験のドリル。日曜日の検定試験に向けて,このドリルで特訓しようと思う。

2011/11/25

功夫

 夕方6時ごろQQを開いていたら,殷さんから連絡が入った。殷さんは日本語1年クラスの学生だ。

 いろいろやり取りしているうちに,これか功夫の練習に行くというので,ちょっと見てみることにした。

 学校のグランドに行ってみると,殷さんが待ちうけていて,「先生どうぞ。」と言って金属製の道具を差しだした。

 オォ!これは,ヌンチャク。♪チャ~ン,チャチャン♪(一瞬でブルースリーの世界へ)私の年代の男なら,あのヌンチャクさばきに憧れて,一度は手にした事があるはずだ。

 グランドでは同好会のメンバーがヌンチャクや刀・青龍刀等を使い型の練習をしていた。

 殷さんはヌンチャクをぐるぐると目にもとまらぬ速さでまわして見せてくれた。

 私も,真似をして何度かチャレンジしたが,背中や頭,肘を痛打した。

 最後に,太極拳の上手な学生さんが型を教えてくれた。一緒にやってみたが,なかなか難しい。

2011/11/24

簡易郵便局

 絵葉書を出そうと裏門の簡易郵便局へ出かけた。

 鳳凰で買った絵葉書を日本の友人あてに出すためだ。

 そしたらなんと,10枚ほどで,1000元というではないか。今のレートで言うと1万2000円ほど。

 そんなアホな!いくら海外からとはいえ,絵葉書10枚に1万2000円もかかるのかい!私も一緒に来た学生たちもびっくり!

 学生たちは口々に「先生,電話をすればいいです。」と言う。
『でも,せっかくきれいな絵葉書を買って,やっと書いたのに,なんとかならんのかい!』と思っていたら,まとめてEMSで送ると120元くらいと係のお姉さんが言った。1500円くらい。

 「ぜひとも,それでお願いします。」と全部まとめてEMSの封筒の中へ入れ込んだ。

 本当にこれで届くかちょっと不安だが,しかたがない。

2011/11/23

中華料理はやっぱり辛い

 今日は毛先生が本場の中華料理を作ってくださる。学生たちも手伝って,材料も全部準備してくれた。

 1コマ目の授業が終わって,10時半ごろから毛先生と呉さんが料理を始めた。

 私は,言う事を聞かない炊飯器と格闘していた。まず,ふたが閉まらなくなっていた。一昨日炊いた時はしまったのに・・・。

 よく見てみると釜の底が変形していた。無理やり机の角に押し当て,閉まるようにした。

 しかし,今度はスイッチが入らない。入ってもすぐに保温状態になる。
 約30分間の悪戦苦闘の末,なんとか炊けるようにした。

 その間に,隣では,どんどん料理が出来上がっていた。豚肉と上げ豆腐を炒めて,蒸したもの。見たことのない野菜を炒めたもの。レンコンを炒めたもの。長い豆を短く切って炒めたもの。

 そして今日のメイディッシュのフナを揚げて香味野菜と煮込んだもの。

 学生たちもやってきたので,みんなで本場中華のランチをいただいた。

 さすがに辛い,だけど,おいしい。汗がどんどん出てくる。さすがに学生たちは中国人,辛いなどとは一言も言わない。みんなおいしいといって全部たいらげていた。

 毛先生,学生のみなさんありがとう。

2011/11/17

日式

 アパートの下の軽食屋の一つに日式という看板が出ていた。最近できた店だが,この前まではこの看板はなかった。

 ここ最近,アパート下の通り沿いにいろいろな店が開店している。化粧品店,靴屋,洋服屋,軽食屋,携帯電話サービス,どんどんテナントが埋まっていく。
 
 店が増えることはいいことだ。最近人通りも一段と増えたような気がする。

 アパートの入口付近も足場を組んでなにやら工事が始まりそうだ。

 隣では高層マンションらしきものが急ピッチで建設中だ。多分,今後の人出を見込んでの出店ラッシュなのだろう。

2011/11/15

日本語は難しい

「くだらない」と「つまらない」はどう違いますか?(便秘と下痢の話ではない)
「安易」と「容易」と「簡易」はどう違いますか?

 毛先生から質問を受けた。

 同じような意味だが,ちょっと違う。どう違うのか,今まであまり深く考えてこなかった。

 しかし,ここの学生にとってはそうはいかない。日本語検定試験にはそんな問題が多いのだ。

 ほとんど無意識のうちに使っていた日本語を外国人に説明するとなると一苦労。

 毛先生にはなんとなく安易に答えてしまったが,この問題はそう容易ではない。

 女性から「くだらない男ね!」と言われるのと「つまらない男ね!」と言われるのはどっちの方がダメージが大きいのか?(どちらも言われたくない!)

 私のこのブログはくだらないのかつまらないのか,それとも両方当てはまるのか。いったいどっちだ!

 裏門の簡易郵便局に行きながらいろいろと考えた。
 荷物はまだ届いていなかった。

2011/11/13

中日友好交流会

 昨日と今日,湖南大学へ行って日中友好交流会に参加した。

 昨日はスピーチコンテストを見学した。まず,日本からの留学生の中国語スピーチコンテストがあり,そのあと中国人学生による日本語スピーチコンテストがあった。
 観客も大勢いて,発表者はとても緊張していた。
 中国語のスピーチコンテストに関しては,まだ,私にはわからなかったが,どの学生もとても上手に思えた。

 日本語のスピーチコンテストでは,中国人学生の意欲の高さがよく分かった。

 途中で,津軽三味線と二胡の演奏があった。観客たちにとてもうけていた。

 帰りのバス停に向かって歩いていたら,突然日本語で話しかけられた。

 鹿児島大学から湖南農業大学に留学している大島さんという方だった。鹿大の友人たちの話をしたら皆さんと知り合いだった。

 
 今日は,午前中は岳麓山へ登った。途中まで行けたらいいなと思っていたが,頂上まで登ることができた。

 さすがにちょっと疲れたが,木々に囲まれた山の中はとても気持ちがよかった。

 昼からは湖南大学サッカー場で開催された日中友好交流会を見学した。

 各大学から多くのコスプレヤ―たちが参加して何か演技していた。

 先日訪れたNekoの店長さんやメイドさんたちも参加していた。

 昨日,名刺交換したカレー屋の社長さんがコスプレ大会の運営責任者のようだった。

 会場端のテントでは滋賀県や徳島県,鹿児島県のパンフレットを配っていた。

 その横では日本のゲームをいろいろしていた。グローブでキャッチボールをするコーナーもあった。

2011/11/11

111111

 今日は,なんでも独身者の日らしい。それも100年に一度のシングルデー。

 学生たちが「先生,何かしますか?」と尋ねてきた。そんな日知らなかったし,別にめでたいとも思わないし…,何もせず1日家でじっとしていた。

 夜,張さんが来て,明日のことを打ち合わせた。

2011/11/10

ゴムボール野球はやっぱり竹のバット

 雨が上がって久しぶりにいい天気。ここ最近の気温は10℃~20℃。季節は少しずつ冬に向かっている。

 今日はうれしい給料日(生活費)。昼食をとってこの前見つけた材木屋へ行って,竹を買った。野球のバットにするためだ。
 
 2本で2元。値切ろうとしたが駄目だった。

 午後の授業の後半は野球をした。やっとボールを打つことができた。みんな必死に竹のバットを振り回していた。
夜はバドミントン

2011/11/08

葛先生

 今日から葛先生が市の中心部にある学生募集の事務所で仕事をすることになった。

 この秋から富士橋日語学校は学生募集のため長沙駅そばの大きなビルに事務所を構えている。事務所が開所する前に連れて行ってもらったことがある。

 その事務所に日本語が話せる人が必要だということらしい。

 葛先生からは空き時間に中国語の発音や中国の生活についていろいろアドバイスをもらっていた。これからはそれを自分で活かす必要がある。
 できるかな~?

2011/11/05

運動会

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 昨日から湖南機電職業技術学校の運動会が始まっていた。
ちょっとのぞいてみたらやり投げをしていた。
観客はあまりいない。
夜の集団ダンスがやっとわかった。
この運動会に向けての練習だったのだ。
 
 その後,星沙に買い物に出かけた。週末はカレーが主食。

2011/11/04

マンガ喫茶

 先週見つけたマンガ喫茶に出かけてみた。
マンガ喫茶というよりレストランのような感じ。
メイドの格好をした女の子たちがウエイトレス。
大型のスクリーンではコナンが放映されていた。

 日本語の上手なメイドが2人ほどいて話しかけてきた。
なんでも一人は湖南大学,一人は湖南外国語大学の日本語科に在籍しているそうだ。

 途中で店長の湯さんという方が店のことをいろいろ説明してくれた。
湯さんも日本語が達者で,持っていった富士橋日本語学校のパンフレットを快くおかせてくれた。
湯さんによると来月の13日に湖南大学で中日友好交流会があるということだ。

2011/11/03

我打棒球

 今日の授業は野球。
野球のボールを送ってもらったので,みんなで野球をしてみた。
当然ルールなど何も知らない。
簡単にルールを説明したが,まあやってみるのが一番と学校の競技場に入り,Play Ball。

 バットがないので木の棒を拾ってきて使ったが,すぐに折れてしまい,使い物にならない。
何とか竹を見つけてきてボールを飛ばす爽快感を味わわせたい。

2011/11/02

湖南省博物館

 昼から学生たちと湖南省博物館へ出かけた。
有名な女性のミイラが展示されている。

 平日の昼間なのに見学者がわりといた。
大きな棺の中に横たわっている女性は1千年以上前の中国で生活していた人だ。
衣服も原形をとどめたままで保存されていた。

 その後,博物館の近くの烈士公園に連れて行ってもらった。
公園はとても広く,中に池がありボートに乗ってる人々が大勢いた。
公園内の遊園地は子ども連れでにぎわっていた。
学生たちと一緒に久しぶりに観覧車に乗った。

2011/10/31

検閲

 頼んでいた荷物がなかなか届かなかったので,こちらの郵便局に問い合わせたところ,25日に配達したとのこと。
学校の裏門にある集配所?を訪ねると確かに預けられていた。
何でも富士橋日本語学校のことをよく分からずにほっておかれたようだ。
とにかく無事荷物が届いてよかった。

 箱を開けてみるとすべて中身がチェックされていた。
検閲をきちんとしたようだ。

 昼から,葛先生と学校のインターネット関係の事務室を訪ねた。
アパートでネットが使えるように手続きをしてもらうためだ。
あっけないほど簡単に終わり,アパートでパソコンにつなぐためのコネクタをセットして,ネット開通。初めからこうすればよかった。

 4時ごろ張さんが来たので,星沙のマッサージの店に連れて行ってもらった。
1時間60元の全身マッサージだ。
二ヶ月間のこりが少しほぐれた感じがした。

2011/10/30

チャイナテレコム

 星沙にあるチャイナテレコムとチャイナモバイルとチャイナユニコムを訪ねた。

インターネットの接続に関してチャイナテレコムで話を聞くと3カ月600元くらいということだった。
詳しく話を聞いているうちに張さんが「大丈夫」と言って席を立った。
なんでも湖南省机電職業学校にサーバーがあり,ひと月50元くらいでネットが使えるということだ。

2011/10/29

平和堂

 昼から平和堂へ出かけた。
案内をしてくれたのは張さんと雷さん。
平和堂は長沙市の繁華街にある日系のデパートだ。
歩行街のそばにあり,鹿児島でいえば天文館の山形屋といったところ。
周囲には他の大型デパートもあり,買い物客でごった返していた。

 さすがに日系のデパートなので日本の商品もたくさんあった。
ただ,現地生産の品物がほとんどなので,品質がすべて同じとは言えない。
価格は少し高いという事だった。
梅干しと味千ラーメンとチョコレートを買った。

 その後,インターネットのことを調べてもらおうとあちこち訪ねたが,結局よく分からなかった。

 チャイナテレコムを訪ねる途中の歩行街でコスプレヤ―を見かけた。
10名ぐらいの若者たちが,メイドや日本刀を差した浪人の格好をして集まっていた。
写真を撮りながら張さんと話していたら。
突然,その中のメイドが「すみません!」と日本語で話しかけてきた。
こちらも当然日本語で答えた。
すると,あっという間にメイド達に囲まれた。
みんな興奮した感じで何か喋っていた。

 その中の一人が「Can you speak English?」と尋ねてきた。
私たち三人とも日本人だと思ったみたいだ。
私が「他是中国人」と張さんと雷さんを示したので,みんな一斉に中国語で話しだした。
彼らは漫画喫茶の宣伝でコスプレをしていたということだ。

 雷さんの実家はこの近辺にあるそうで,地理には詳しく,白沙井や体育センターを案内してくれた。

 白沙井では多くの人々が水を汲みに来ていた。
かなり有名な湧水らしく,近くにはお茶の店が数多くあった。
体育センターはかなり大きく,スポーツはもちろんコンサートなども開かれるそうだ。

 バス停へ移動する途中で天心閣のそばまで行った。
創建は不明だがかなり古い時代の長沙の城ということだ。
湘江沿いのこの地は水と肥沃な土地に恵まれ,昔から穀倉地帯だったそうだ。
その中心として長沙は発展してきたのだ。

2011/10/25

日本の歌

ここでも日本の歌をよく耳にする。
先日行った星沙のLOTUSでも前の広場で青山テルマがかかっていた。

すぐ横の職業技術学校では,朝,昼休み,放課後と必ず音楽が流れる。
それもかなり大きな音で。

朝はだいたい元気のいい行進曲風。
中国の国歌もよくかかる。
昼と放課後は流行歌を中心に選曲されているようだ。
日本の曲もよくかかる。
当然中国語バージョンが多いが,たまに,日本の原曲がそのまま流れることもある。

「風になる」「Tomorrow」「銀の龍の背に乗って」「ひとり上手」などが流れていた。

夜7時ごろになると学校の広場ではダンスサークルの様なものが始まる。
音楽に合わせて整列した人々が踊っている。
これは何かの発表会の練習なのか。

2011/10/24

QQ

 アパートでネットが使えないので,久しぶりに事務室のパソコンでQQにアクセスしてみた。
岳陽の学生たちからリクエストが6件も来ていた。
さっそく,承認し,ホームに写真をアップしたことを連絡した。

OCNとブログのメールはしばらく確認できそうにない。

2011/10/20

岳陽へ

 範先生に誘われ,岳陽市の学校へ学生募集に行った。
岳陽市は,有名な洞庭湖のほとりにある人口90万ほどの都市だ。
長沙市の120kmほど北に位置し,中国国内でも有名な観光都市だ。
私も洞庭湖と岳陽楼の名前だけは聞いたことがあった。

 途中で丁先生という方と待ち合わせ,出発した。
丁先生は長沙市国際教育交流服務中心の日本部長さんで,日本語がとてもお上手だ。

 目的の学校は岳陽市外貿職業技術学校。
学生数が200名程度の岳陽市郊外にある学校だ。
学生の年齢は高校生くらいということだ。

 私たちが着くと学校中の人々が中庭に集まり始め,前には演壇まで作ってあった。
すごい歓迎ぶりだ。
学生募集の話し合いをするだけだと思っていたので,とても驚いた。
あいさつと日本の歌まで歌わされてしまった。
何も準備もしていなかったので,「上を向いて歩こう」の歌詞を適当にごまかして歌った。

 日本語学科の生徒は20名ほどで,学習を始めてまだ,2カ月という事だ。
歓迎セレモニーのあと日本語科の学生たちが私たちの周りに集まってきた。
まだ,日本語での会話はできないが,日本についていろいろと尋ねてきた。
彼らのキラキラとした眼差しを見ていると,日本に興味を持って,日本語を学習している人たちがここにもいると思い,なんだか嬉しくなった。

 日本でのニュースでは日中関係のマイナス面がクローズアップされ,中国に対して否定的な意見を持つ人がいる。
しかし,ここ中国では,日本に興味を持ち,日本語を必死に学んでいる若者がたくさんいる。
言葉を学ぶということはその国の文化や人々の生活を学ぶことだと思う。
日本のことを真剣に学ぼうとしている若者たちを見ていると,われわれ日本人は果たして中国の事をどれだけ学ぼうとしているのかと疑問に思う。
中国で日本語を学ぶ人々のことを日本のメディアもどんどんとり上げてほしい。

 昼食はここの学校の先生方が私たちを招待してくれた。
岳陽の料理も辛くてとてもおいしかった。
その後,学生募集の事務的な話し合いがしばらく行われた。
それが無事済むと,校長先生が観光案内までしてくださった。
洞庭湖畔の有名な岳陽楼には,修学旅行の学生が大勢いた。
洞庭湖と岳陽楼にはぜひ行ってみたかったので,とてもありがたかった。

 予定していた時間を大幅にオーバーして,帰り着いたのは7時だった。
充実した小旅行だった。

2011/10/19

カレー

 1コマ目の授業が終わったらすぐに帰ってカレーの準備を始めた。
毛先生も準備を手伝ってくれた。
ご飯が足りないかもしれないと昨日言ったら,味千ラーメンの麺を買ってきてくれた。
カレーうどん(カレーラーメン?)にしようということだ。

材料(10人分)
ジャガイモ中4個 人参大1本 玉ねぎ中 1個 リンゴ1個 バナナ1本
さやいんげん100g 豚肉500g カレールー300g 麺10人分

今までの人生の中で一番材料と手間をかけたカレーだ。
ご飯は水加減が悪かったのか,米の特徴なのか,少し硬かったが,カレーラーメンはとってもおいしかった。
ラッキョウの漬物も好評だった。
みんな,好吃!と言って,すごい勢いで残らず食べてくれた。
料理する楽しさを実感した日だった。
やっぱり大勢で食べる食事はおいしい。

2011/10/18

ネットがつながらない

 ウィンドウズのシステムチェックをしてみたら,それからネットがつながらなくなってしまった。
いろいろ試してみたが,だめだ。
あんなに苦労してやっとできるようになったのに…。
しばらくは,事務室でメールやブログを管理するしかない(もしかしたら,ずっと…)。

 夜は,バドミントン。
今日は,参加者が少なかったので8ゲームもした。
3時間以上はやった。
バドミントンクラブの会長さんがへたな私が打つと「よし」と言って,応援してくれた。
他の方も,次々とゲームに誘ってくれる。
おかげで,休む間もなくゲームが続く。
ダイエットには最適だ。
帰り着いたのは12時だった。
さすがに,ちょっとへばった。

2011/10/17

LOTUS

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 2時から星沙のLOTUSへ,昨日に続き,出かけた。
今日は張媛さんに付き合ってもらった。
カレーの材料を買うためだ。
明日行こうと思っていたが,学生たちは,明日の午後は授業があるということなので今日にした。

 ジャガイモ,人参,玉ねぎを選ぼうとしたら,どれもあまり品がよくない。
ジャガイモはあちこち青くなっているものが多く,人参は表面がつるつるの冷凍品の様な感じ。玉ねぎはピンクの玉ねぎしか売っていない。
それも,冷蔵庫で保存されてあった感じのもの。
他にないのでそれらの中から二人で良さそうなものを選んだ。
りんごも山積みで売られていたので,2個買ってみた。

鶏肉,豚肉,牛肉どれも新鮮な感じがし,迷ったが,豚肉を約500g。
カレー粉は小を3箱。ラベルを見ると「好侍百梦多咖喱(ハウスバーモントカレー)」。
おぉ~懐かしい。
「りんごとはちみつとろ~りとけてるハウスバーモントカレー~♪」(by西城秀樹風)

 ラッキョウの漬物の様なものがあったので,ためしに買ってみた。
味は食べてみないと分からない。
最後は米。種類がたくさんあって迷ったが,米粒が丸いものを5kg買った。

 普段,ほとんど料理をしないので,分量がよくわからない。
一応10人分の予定。
足りるかどうか不安だ。

 羅漢果を見つけたので,一つ買ってみた。
健康にいいという事で友人に頼まれていたものだ。
それは果物売り場ではなく,干物売り場にあった。
張媛さんの話では,肉や野菜と一緒に煮込むものらしい,味付けをするものなのかな?調理方法を先生方に聞いてみよう。

2011/10/16

秋晴れの日

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 ここ数日の長沙はとても過ごしやすい。
寒くもなく,暑くもなく,空気もわりと澄んでいる。
いつもより少し青く,高い空。羊雲が秋を感じさせる。

 4時頃バスに乗り星沙へ出かけた。
この前,張さんと出かけた時に見つけたLOTUSというスーパーをちょっとのぞいてみようと思ったからだ。
水曜日にカレーパーティーも計画されているので,材料の確認も兼ねて。

 LOTUSは相変わらず人が多く,前の広場や歩道では食べ物の屋台や服や靴を路上販売している人がいた。
すると突然その中の一人が何か叫び出した。
交差点の向こうから公安の車が非常灯をつけながらやってきたのだ。
やっぱり,路上での販売は禁止されているようだ。
みんなあわてて店じまいを始め,クモの子を散らすようにどこかへ隠れて行った。
しかし,車が通り過ぎると何事もなかったように,また商売を始めた。

 バス停で帰りのバスを待っていたが,あまりに乗る人が多いので,2回見送った。
3回目に来たバスに乗ろうとしたら,彭さん走ってきた。
友達のところへ行っていたそうだ。

 いつも,おちゃめな彭さん。
以前は幼稚園の先生だったそうだ。
クラスのファッションリーダーらしい。
歌がすごくうまい。
彼女にはぜひ,「時の流れに身をまかせ」と「ルージュ」「帰省」を日本語で歌えるようになってほしい。

2011/10/14

同級生

 8時ごろ範先生に誘われて釣りに出かけた。

 車で1時間くらいの長沙市郊外の小さな村が今日の目的地だ。
黄興という人の故郷らしい。

 黄興は辛亥革命の立役者ということだ。
孫文が日本では有名だが,黄興については今日初めて知った。

 範先生の話では革命の理論は孫文が,実際の活動は黄興が指導したということだ。
帰ってネットで検索したら,ジャッキーチェン主演で映画化され11月から公開されるとのことだ。ぜひ,見てみたい。

 釣りはため池(養魚場)でやった。
範先生の同級生が10人くらい集まり,みんなでにぎやかに釣り始めた。

 昼食は近くの料亭で御馳走になった。
料理はとても辛くて,美味しかった。

 初めて犬の肉を食べた。
みなさん大好きらしい。

 みなさんの話がとっても盛り上がっていた。
話の内容を通訳してもらうと,初恋の話とか,よく意地悪をされたこととか,だれが一番モテタとか等,昔話に花が咲いていたようだ。

 同級生との昔話はどこの国も同じなんだなぁと感じ,故郷の同級生のにぎやかな笑顔を思い出した。

 みなさんと乾杯をして,食事を終えるころにはだいぶ酔っていることに気付いた。

 範先生が持ち込んだ中国の酒は54度,それをぐいぐいと飲んだせいだ。
 おかげで,釣りをすることもできずに,しばらく木陰で横になっていた。

 池のそばの休憩所では釣りをしない同級生数名が麻雀をしていた。
酔い覚ましがてらに横で見ていた。
みなさんとっても上手で手慣れていた。
ここでも,女性がとても強かった。

 釣りに関して言えば,私は一匹も釣れなかったが,範先生は10匹くらい釣ったということだ。
他の同級生の皆さんも大きな草魚やふなを釣っていた。

 アパートには6時半ごろ帰り着いた。
楽しい1日だった。

2011/10/13

湖南農業大学

 袁卉卉さんが日本語の授業で鹿児島弁について発表するという事なので,彼女の在籍している湖南農業大学へ行った。

 初めて,一人でバスに乗る。
それもまだ行ったことのないところへ。
乗り換えをしなければならないのも少し不安だ。
前日にネットで路線図を確認し,葛先生に乗り換えのバス停の地図を印刷してもらった。
所要時間は1時間くらい。

 星2線に乗り,東バスセンターまで行き,110番に乗り換えた。
今回は確認した路線図通りにバスが走っていたので,動揺することなくスムーズに目的地に到着できた。

 湖南農業大学は長沙市の郊外にあるとても大きな大学だ。
校舎も新しく,教室もとてもきれいだった。
日本語を学んでいる学生も多いらしい。
授業の担当の先生は日本人。
長沙に来て初めてお会いした日本人だ。

 お話によると日本人の教師は農業大学に彼女一人だけらしい。
異国において女性一人で多くの学生に日本語を教えている。

 遠く離れた中国の地方都市で,しなやかで,たくましい素敵な日本女性に出会った。

 学生たちはネットで調べた日本に関する事をプロジェクタを使って発表していた。

2011/10/10

初月給(生活費)

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 10時前に事務室に行ったら,劉先生からお金を手渡された。

 中国で初めて貰う給料(生活費)。
貯えが心もとなくなってきていたので,とてもありがたかった。
これで冬の準備ができる。

 給料を手渡しでもらうのは久しぶり,やっぱりうれしいものだ。

 帰りに居酒屋によって一杯というところだが,ここはがまん。
節約第一。

2011/10/07

旅の終わり

 朝,鳳凰を出発した。帰りの列車は普通列車,向かい合う座席で,満員状態。
座れない客が通路に立っているので,トイレに行くのも一苦労。
この状態で約7時間。

 列車の中で張さんと日本語の学習をしていたら周りの客が興味深そうに張さんのノートをのぞきこんでくる。

 隣の女性が何か尋ねてきた。
携帯の辞書で日本語を調べて,「こんにちは」と話しかけてきた。

 筆談と張さんの通訳でいろいろと話をした。

 好きな日本の歌手を聞くと,浜崎歩,次になんと中島美雪と言うではないか。
王菲の名前を出すと「容易受傷的女人」とノートに書いてきた。
「美麗心情」と書いてみせると「本多RURU」と書いた。

 中国の中島みゆきファンに会えたことにびっくり。
テレビにほとんど登場しないみゆきさんの歌が,国境を越えた言葉の違う人々にも愛されていることに感激した。

 夜8時過ぎにアパートに帰り着いた。
鳳凰,すばらしい風景と人々,ぜひまた行ってみたい。
とても充実した旅行だった。

2011/10/06

苗族の村

 張さんの家がある鳳凰の中心街からバスに乗り30分ぐらいのところに張さんのお母さんの故郷がある。
苗族の村だ。

 周りには田んぼがあり,稲刈や脱穀作業をしている人々がいた。
貧しい村の家々,小さな田んぼの様子,庭に遊ぶ鶏,前の道を豚が歩いている。
子どもの頃の忘れかけた風景が目の前に広がっていた。
40年くらい前の故郷の風景。
昨日から感じていた懐かしさ。原風景。

 いよいよ苗族の峡谷へ。
案内は張さんのお母さんとその妹さん(張さんの叔母さん)。

 叔母さんと鄧さんは苗族の民族衣装に着替えて峡谷へ。
峡谷の雄大さは言葉では表せない。
全部見てまわるのに2時間は必要だ。
高低差もあるので脚力に自信がない人にはちょっとしんどい。

 土産物の屋台も数多く出ていた。

 屋台から少し離れたところには手作りの首飾りを売っている小学校低学年と思われる子どもたちもいた。

 木の実や皮などを使ってその場で首飾りを作り売っていた。
そういう子どもたちの売り場があちらこちらにあった。

 張さんの話では学校に行けない子どもたちもたくさんいるということだ。

 自然の雄大さと同時に現実社会の悲しさも見せつけられた。

2011/10/05

鳳凰二日目

 張さんの家のそばの市場を通りバス停へ向かった。
市場はなんとなく那覇の公設市場の雰囲気がした。

 バスに乗り5分ほどで鍾乳洞前に着いた。
鍾乳洞はとても広く,見てまわるのに2時間ほどかかった。
中はライトアップされ,幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 帰ってきて,張さんの新しいマンションに行った。
まだ,内装工事中だったが,部屋はとても広くて住みやすそうだった。
今月下旬にはお披露目の宴会が予定されているそうだ。

 夜はお土産屋巡り。
見てまわるだけでとても楽しく時間を忘れる。
素敵な土産物をたくさん見つけたが,荷物と金額の関係で断念した。

 しかし,人が多い。
それにクラブの音楽がうるさい。
ここには10mおきくらいにクラブがある。
その店同士が競っているかのように大きな音で音楽を撒き散らしている。
この街の雰囲気は大好きだが,あの音にはうんざりだ。

2011/10/04

鳳凰へ出発

 いよいよ,鳳凰への出発の朝。
5時に起きて準備。
6時半には寮の前へ。

 駅前のマクドナルドで簡単な朝食をとった。
エッグマックマフィンらしきものを頼んだ。
昨日のケンチキでもちょっとがっかりだったが,ここでも,残念。
中国のジュースは甘すぎる。
炭酸は抜けている。
やはり,中国では中華料理が一番(あたりまえだけど)。

 8時半の吉首行きの列車に乗った。
途中,常德で鄧さんが乗ってきた。
常德はイメージしていたよりもずっと大きく,高いビルもたくさん建っていた。
常德麺が有名らしい。

 常德をすぎると石門という町に着いた。
関羽のふるさとの近くらしい。

 しばらく行くと張家界の駅に着く。
張家界はとても有名な景勝地だ。
アバターのモデルになった地らしい。
雨水により浸食された山々の風景が列車の窓からも見ることができる。
だいぶ上ってきたのでトンネルが多い。

 終点の吉首。
湖南省の地方都市だが,ここも予想以上に大きい。
人口は30万人ほどだそうだ。
ここからバスに乗る。
張さんの故郷鳳凰までもうすぐ。

 だが,ここから道がせまくなってきて,大渋滞。
このシーズンは観光客が大挙してやってくるので,大変らしい。
日が落ちてしばらくしてやっと鳳凰のバスセンターに到着した。
張さんの家にたどり着いたのは夜の8時前。
移動に半日かかった。
改めて中国の広さを感じた。

 夕食を張さんの家で御馳走になった後,夜の鳳凰の街に出かけた。

 人の多さにびっくり。
通勤ラッシュ時のような人波が路地にあふれていた。
屋台も無数にあり,苗族の民族衣装を身にまとった人たちが民芸品を売っていた。

 城郭のような建物があちらこちらにあった。
ここは南の長城があったところらしい。

 それらはすべてライトアップされており,山村の中に別世界が浮かび上がった感じだ。

2011/10/03

星沙

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 雨が上がった。
アパートの前の通路には昨日の花火の飛び散った赤い紙が雨でこびりついていた。

 昨日の夕方,掃除のおばちゃんが何かブツブツ言いながら雨の中ほうきであつめていたが,駄目だったみたいだ。

 3時から星沙に出かけた。
インターネットでバスの路線を調べ,降りる場所を確認した。

 今日の目的はケンチキの味調査と,張さん宅への手土産の梨を買うことだ。

 バス停で明日の時間を張さんに電話で確認したら,張さんも星沙に行くと言い出した。

 張さんも星沙のことは詳しくないらしい。
ここは私が調べたことが役に立つと思ってバスに乗って行ったが,調べた道と違う道をバスが曲がった。
あわてて降りたが,降りる予定のバス停はどこにも見当たらない。
後で気づいたことだが,道路工事で通行できないところを避けて,走っているようだ。

 うろうろしながら目的のケンタッキーを探した。
途中で露店の果物店があったので梨を買った。
そうこうするうちに,綺麗な映画館を通り過ぎ,大きな交差点にたどりついた。
角にはLOTUSという大きなスーパーがあった。
品物も豊富でお客もたくさんいた。
それに,なんと,入り口付近に肯德基の看板が見えた。

 スーパー大好きの張さんはニコニコしながら店内を歩き回っていた。

 夕食は当然肯德基のフライドチキン。
葛先生がおっしゃっていたように鶏肉の味がしなかった。
 張さんは牛丼を食べていたが,あれは牛丼ではなく中華風ハヤシライス唐辛子和えだ。

 迷ったおかげで,星沙の街を散策することができた。
星沙は綺麗な新しい街だ。
これからどんどん発展していきそうな感じ。
次からは買い物はここでしようと思った。

2011/10/02

花火

 9時半ごろアパートの前で爆竹の音が突然鳴り響いた。
いつものよりもちょっと長く感じた。

 見ると,何台もの車がボンネットにハートのマークを付けてとまっている。
結婚式のようだ。

 アパートからウエディング姿の新郎新婦が出てくると,打ち上げ花火が上がった。

 中国ではイベントがあると必ず花火を上げるらしい。
 
 ミカンの段ボール箱のようなものの中に連発の花火が仕掛けられていて,点火すると次々に上がっていく。
私の部屋は6階なので,目の前を花火が上がって,ちょっと上ではじけていた。

こんなに近くで打ち上げ花火を見たことはない。

2011/10/01

国慶節快楽

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 中国の国慶節。
ゴールデンウィーク。
多くの人々が故郷へ帰るらしい。

 昼から張さんと雷さんと3人で,長沙駅のそばに出かけた。
昨夜からの雨が本降りになってきた。
そのせいか,空気はとても気持ちがいい。
ただ,駅のそばに近づくにつれて,車の排気ガスのにおいが立ち込めていた。

 駅周辺は故郷へ帰る人,故郷に帰ってきた人でごった返していた。
人ごみを抜けて,安い衣料品店が軒を連ねているところに行った。
何軒か回って,ウインドブレーカーを一着買った。
80元だった。

 近くのスーパーマーケット(Hypermarket)が安売りだと言うので寄ってみた。
市の中心街にあるスーパーなので品数も多く,お客も多かった。

 Nescafeの缶コーヒーがあったのでつい買ってしまった。

 風雨がだんだん激しくなってきた。
小さな傘なので上着もズボンもだいぶ濡れた。

2011/09/30

ラーメン

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 夕方,張さんと雷さんがアパートに訪ねてきた。
ラーメン党の私にラーメンを御馳走するためだ。

 材料も全部買ってきてくれた。
二人ともいつもラーメンを作って食べているということなので,とても手際がいい。

 麺を茹でて,味噌と卵を炒め麺にからめる。
スープはない。

 日本のラーメンは鳥ガラや豚骨や野菜を煮込んでスープにすると説明した。
料理に自信があれば作ってあげることができるのだが…。
日本に来た時においしいラーメン屋に連れて行ってあげよう。

2011/09/29

列車は火車,バスは公共汽車

 中国の連休前なので学生たちもなんだか落ち着かない様子。
ほとんどが,実家に帰るそうだ。

 授業で,「だれが,だれと,なにをした」という文をつくるゲームをした。
ノリの良い生徒たちなので,みんな笑いながらとても楽しそうだった。

 生徒たちにとって『助詞』の使い方が難しいようだ。
これからそれに気をつけた内容の授業を考えてみようと思った。
 
 授業が終わって,張さんたちと星沙に汽車の切符を買いに行った。
ゴールデンウィークは鳳凰に行くことにした。
張さんの故郷で,有名な観光地らしい。
列車で4時間,それからバスで1時間くらいかかるらしい。

 売り場前は行列ができていた。

 150元で往復の切符を買った。
行くのは張さんと私と鄧さんの3人。
10月4日から7日までの3泊4日の旅。
天気に恵まれますように!

2011/10/28

青島ビール

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 今朝,3時に目が覚めてそのあとなかなか寝付けなかった。
昨夜,青島ビールを飲みすぎたせいだろう。

 結局,そのまま出勤し,授業。
学生たちも疲れ気味。
みんな,加油!
 
 昼から歩歩高に出かけた。
 
 夜は範先生とバドミントン。

2011/09/27

小鄧の誕生日

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 今日は,夏に逆戻り,30度近くまで気温が上がり,とても暑い。
この気温の変化は長沙の特徴らしい。
日差しもきつく,学校にたどりつくと汗だくになる。

 広場ではまだ,新入生の訓練が続いている。

 夕方,鄧雅文さんの誕生会に招待された。
工商銀行のバス停で降りて,ちょっと歩いたところの料亭が今日の会場。

 みんなよく飲み,よく食べ,よくしゃべった。

 小鄧は17歳になったそうだ。
まだ,高校生の年齢。
これから,日本語がどんどん上手になってくれることを願う。

2011/09/26

外国人登録

 今日の長沙はみょうに埃っぽい感じがする。遠くの建物が霞んで見える。
乾燥しているので,埃が舞っているのかもしれない。
ここらで一雨欲しいところだ。

 公安に外国人登録の手続きをするために,範先生と葛先生と私の三人で行ってきた。
午前中いっぱいかかった。
ゴールデンウィーク前のせいなのか,人が大勢いた。

 そういえば,ゴールデンウィークの予定をまだ立てていない。
人込みは嫌だが,かといって1週間何もしないともったいない。
長沙市内巡りだけではものたりない。
地図とお金に相談しよう。

2011/09/25

サラエボのロミオとジュリエット

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 インターネットをするなら,QQというものが中国では便利らしい。
日本にいるときに中国人の友人たちからそう聞いていた。

 ネットが使えるようになって,すぐに葛先生にQQをセットしてもらった。
当たり前だが,全部中国語。
まだ,使いこなせないが,なかなか便利そう。

 Skypeのように使う事も出来るらしい。
また,ブログも書けるらしい。
Facebookのような仲間同士のコミュニケーションもできるらしい。
好きな音楽を聴くこともできる。

 最近,大好きな中島みゆきさんの曲の中国語カバーバージョンをいろいろ聴いている。

「漫歩人生路(ひとり上手)」テレサ・テンさんがカバーした。
「容易受傷的女人(ルージュ)」王菲さんがカバー,中国ではすごく有名。
「美麗心情(帰省)」本多ルルさんがカバー。
「最初的梦想(銀の龍の背にのって)」「最愛(最愛)」「流浪花(ローリング)」
「第二个春天(かもめはかもめ)」「サラエボのロミオとジュリエット(with)」
「破 時分(あした)」「人生満希望(雨が空を捨てる日は)」その他多数。
 
 「雨が空を捨てる日は」は,歌詞は変えたとしても,なぜあの曲調が「人生満希望」なんだろう?
 「with」が「サラエボのロミオとジュリエット」?これは,謎だ。ぜひ,調べてみたい。

2011/09/24

ありましたよ,大きい服が。

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 夕食を張さんと学食でとり,食後に会話をしながら散歩した。
15分くらい歩いて行くとちょっとにぎやかなところにたどりついた。
様々な商店が軒を連ね,小さな超市(スーパー)も何軒かあり,いろんな屋台もでていた。
日本でいえば駅前商店街のような感じ。
人通りも多く,売っている品数も多く,安かった。
 
 ぶらっとのぞいた洋服屋で冬用のジャンパーが売られていた。
おそるおそる袖を通すと,なんとぴったり。
値段を聞くと80元。
張さんによると,とても安いらしい。
昨日買えなかった悔しさも手伝って,すぐに購入。
中国でやっと服が買えた!!
 
 商店街をぐるっと散策していると,なんと楽器屋が3軒ほどあった。
ちょっとのぞいてみると,先日歩行街で苦労して買ったギターと似たようなものが300元で売られていた。
420元だったのに…。買い物は難しい…。
やっと服が買えたと喜んでいたのに…。
 
 『悔しい思いを何度も繰り返さないとなにごとも上達しないのだ』と無理やり自分に言い聞かせた。

2011/09/23

なものは買えない

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 歩歩高の開店がどうもあやしいという事なので,今日はカラオケに行く事になった。
 
 昼食を学生たちと学食でとり,バスに乗って長沙の中心部へ向かう。
いつものバスではなく,ちょっと歩いてひとつ向こうのバス停から808番のバスに乗った。
 
 私が,長袖の服を買いたいと言ったので,ファッションショップが集まっている地下街へ向かった。
 
 金満地というショッピングセンターだ。
どの店にも今風のおしゃれな感じの服が並べられていた。
 
 何軒か回ったが,残念なことに買えなかった。
買わなかったではなく,買えなかった。
けっしてお金がなかったわけではない。
どの店に行ってもセンスのいい服はあるのだが,サイズが問題なのだ。
学生たちがお店の人に「この人に合うサイズの服はありますか。」と尋ねてまわるのだが,チラッとこちらを一瞥して,「没有!」の即答。

何軒もの店で同じことを繰り返した。
太っているのは自覚しているのだが,こう何回も「没有!」を聞くと,やはり少しへこむ。
それよりも,せっかく連れてきてもらったのに何も買わなかったでは,学生たちに悪い。
「よし,少々高くても買おう。」と思い,また,何軒か訪ねたが…。
ないものは買えない。
 
 結局,みんなになぐさめられながらカラオケ店に向かった。 
 
 カラオケ店で先に来ていた学生たちと合流した。
初級のクラスの学生たちも4名いた。
中国のカラオケ店は初めての体験。
日本語の歌も何曲かあった。

 学生たちはみんな歌が上手だった。
休む間もなく歌い続けるパワーもすごかった。
5時過ぎまでいたが,いったい何曲歌ったのだろう。
 
 素敵な歌を何曲も聞かせてもらった。
特に「美麗的神話」という歌が映像とマッチしていて素敵だった(ジャッキーチェンが出ていた)。
歌わない学生たちはサイコロのゲームに熱中していた。

2011/09/22

よろしく警備員さん

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 夕食を学生たちと一緒に学生食堂でとった。明日,歩歩高へ行く予定だったが,葛先生に調べてもらったら,明日の開店がどうもあやしくなってきた。
 
 その後,張さん,吴さん,曹さんがアパートへ来た。途中でミカンを買った。
 
 アパートへ向かっていると門のところで警備員に張さんが止められた。不審者に思われたようだ。
 
 吴さんと曹さんは大笑い。
 私は,警備員も仕事をしているのだなと感心?した。吴さんが写真を欲しいというので,彼女のパソコンへコピーしてあげた。

2011/09/21

口座開設

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 昼から葛先生と長沙市内へ出かけた。
いつもの205番のバスに乗り,いつも降りる工商銀行前のバス停より一つ向こうのバス停で降りた。

今日の目的は銀行口座開設。
開く銀行は中国4大銀行のひとつ中国建設銀行。
この銀行を選んだのは,アパートのすぐ近くにATMがあるからだ(24時間OPEN)。
キャッシュカードで買い物ができるということなので,あまりお金を持ち歩かないで済む。
中国全土に同じ銀行はあるのだが,他の都市でATMを使うときは手数料がいるらしい。

 窓口に行き,パスポートを提示すると,担当の女子行員が「こんなものは見たことがない」と言い出し,となりの行員達とあーだこーだと話し始めた。
 
葛先生が,これは日本国が出した正式のパスポートだといくら言っても,信じてもらえそうもなかった。
日本人を初めて見たのか?よっぽどパスポートの人相が悪かったのか…?

しかたがないので,もっとランクが上の支店まで出かけることにした。
タクシーで10分ほどで湘江のそばのちょっと大きな支店についた。
今度は,行員のお姉さんもやさしい笑顔で,すぐに手続きを進めてくれた。

 しかし,市内で何かをすると必ず時間がかかるのはなぜ?予定通りに進んだことがない。
葛先生にはいつも遅くまで付き合ってもらっている。

2011/09/20

学校紹介

ここで,学校の紹介。

 『長沙富士橋日本語学校』
 住所 湖南省長沙市万家麗北路省机電聯院内
 長沙市の東側を縦に走る万家麗路という大きな道路の北部の道路沿いにある湖南機電職業技術学校の中にある。

 建物に入るとすぐに名誉校長の大石先生の大きな写真と言葉が目に入る。

事務室の入り口では和服姿の深キョンが笑顔で迎えている。

事務室は広く,私の机も大手企業の重役用の机みたいだ。

 先生方は,範校長先生,劉先生,史先生,毛先生,事務の葛先生と私の6名。

みなさんとても優しく,中国語が使えない私のことをいろいろ気遣ってくださる。

 私の担当する学生たちは,現在10名。全員2級の合格を目指して勉強している。試験は12月にあるそうだ。

そのほかに初級のクラスがあり,基本的なことを学習しているとのことだ。

<今天的漢語>我工作的地方在長沙的北辺。老們很親切。
  希望大家都能実現自己的梦想。

2011/09/19

ブログ再開

朝,雨が降っていた。
霧雨のような雨。
北風が冷たい。
奄美でいえば冬の風。

今日は,上着が必要だ。
授業がないので,9時ごろに出勤した。
途中で肉まんを買って,朝食にした。
1個5角だ。

とにかく中国での食費は安い。
大喰らい私でも贅沢さえしなければ1日20元もあれば足りる。
今のレートでいえば260円ほどだ。

 事務室にいたら張媛さんが入り口で手招きをしている。
行ってみると,お土産を渡された。
木製のお椀と木製のスプーン,木製のブレスレット。
金曜日の麻雀大会の途中から帰ったのは,旅行に行っていたのだ。

中国の有名な五岳のひとつに行っていたそうだ。
会ってまだ日が浅いのにもかかわらず,お土産を買ってきてくれた。
 謝謝 小張。

 ブログの管理画面に入れないので,global withのホームページを借りることにした。

もう少し,ネット関係をしっかり学習しておけば他の方法もできたかもしれないが,しばらくはこの方法で。(帰国したら西村先生に教えていただこう)
 今日は一日中ぐずついた天気だった。

 <今天的天気>今天很冷。

2011/09/18

人生何があるかわからない

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 寒い,部屋の中はとても快適なのだが,窓を開けると冷たい風が吹き込んでくる。
鹿児島で言うと11月ごろの風。

 しばらくしたら長袖を買いに行こうと思っていたが,まさかこんなに早く涼しくなるなんて。
きのうはあんなに暑かったのに…。

 昼から,張さんと日本語の会話。
張さんは学習意欲が高く,いろんなことを尋ねてくる。
きっと日本語も上手になっていくと思う。

 学習の合間の話では,彼の人生はすでに波乱に富んでいた。

 生まれたところが大連で,7歳ごろまで過ごす。
その後,シンガポールで高校生まで。
湖南省にもどり,警官になり,新疆ウイグル自治区で背中を銃で撃たれ,退職。
在職中には四川大地震にも遭遇し,宿泊中のホテルでは多くの人がなくなったそうだ。

 気温は19度までしか上がらなかったようだ。
明日の予想は,14度~16度らしい。
早く長袖を買いに行かなくては!

2011/09/17

英語をきちんとやっておけばよかった

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 まだ,のどの調子が良くならないので,今日は部屋で過ごすことにした。

 昼食は学生食堂でとり,ついでに教室を見てみたが,学生たちは誰も来ていなかった。
休みの間に実家に帰っているのであろう。
しばらく,校舎の外の階段で座って景色を眺めていた。

 やっぱり,日差しはきつい。
長沙市は奄美とほぼ同緯度,帽子が必要だと思った。
 
 帰りがけに寄ったいつものスーパーでバイトをしている女の子と会話した。
この前英語で話しかけてきた子だ。
名前は林さんというらしい。
道路向かいの学校の学生らしい。
日本に興味があるらしい。
日本語を教えてもらいたいらしい。
代わりに中国語を教えてくれるらしい。
電話番号の交換もした。

「~らしい」としか言えないのは私の中国語と英語の聞き取りの能力の限界をこえているからだ。

 とにかく,中国語で会話することが私には必要だ。
 <今天的漢語>夏天需要戴帽子。 我需要用中文交流。

2011/09/16

どこの国も女性が強い

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 10時ごろに学校に行った。
葛先生から中国語を少しずつ教えてもらっている。
でも,悲しいことにすぐ忘れていく。
何か工夫をし,少なくなった脳細胞を活性化させなければ!

 12時になり,学生たちがやってきて,昼食に行った。
その後,麻雀をするということらしい。

 張媛さんが麻雀パイを持っているということなので,寮によってから私のアパートへ,途中でジュースやお菓子を買った。
学生たちからもスイカとブドウの差し入れ。

 参加者は張晏松さん,張媛さん鄧雅文さん,曹語茜さん,龍娟さんと私の6人。
みんなで,ワイワイガヤガヤ言いながらとても楽しく過ごせた。

 それにしても,女性たちはみんな麻雀が強い。
張さんと私はたじたじだ。

 初心者の張さんは彼女たちからからかわれっぱなし。

 麻雀のルールは簡単,すぐに理解できた。
日本の麻雀との違いは,まず,東南西北白發中がないこと。
次に,パイは三段に積む。
必ず雀頭は2・5・8のどちらかで作ること。
役など関係ない。
何でもありのルールでとにかく早く上がれば勝ち。
だから,すぐに鳴く。

 鄧雅文さんはトイトイが得意らしい。(中国語ではポンポンフー)
 <今天的漢語>我喜歓打麻将。小鄧擅長ポンポン胡。

2011/09/15

計画停電?

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 昨夜は咳が出てなかなか寝付けなかった。
今朝,7時ごろ目覚めた。
のどの調子はだいぶ良くなってきているが,まだ,咳が出る。
無理をしないように,今日の出勤は昼からにしようと思い,たまった洗濯をしながらゆっくりとしていたが,なんと突然の停電。
洗濯は途中なのだが,部屋の中が暑くてたまらないので,10時頃に出勤。
今日の長沙も暑い。
 午後4時過ぎに家に帰り着いたが,まだ,停電のまま。
葛先生の話では6時までということ。
午後10時前にやっと電気が通じた。
洗濯がようやく完了。
張さんから電話があり,明日の昼食を一緒にとることになった。
<今天的漢語> 我早上洗衣服,但是,停電了。

2011/09/14

新入生

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気分はそれほど悪くはないのだが,咳がなかなかとまらない。
それにしても,ここ数日の長沙は暑い。
35度くらいの気温が続いている。
空は,少し青っぽく見えてきた。
秋はやっぱり長沙の空も澄んでくるのかな。
 新しい,学生が二人増えた。
周品辰さんと劉利清さん。
次の授業から教室の中では中国語を使わないようにと決めた。
12月の試験に向けて,少しプレッシャーを与えてみた。
 授業が終わって事務室にもどると,以前この学校を卒業した龍さんという方が範先生を訪ねてきていた。
梅の砂糖漬けのお菓子をいただいた。
東京のヒューマンアカデミーに留学するらしい。
東京について話をした。
 劉先生からのど飴をいただいた。
お心遣いに,謝謝。

2011/09/13

餃子パーティー

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咳が出る。

 教室に行ってみると,今晩,学生たちが食事を作りに来ると言い出した。
優しい,若者たちだ。
材料もすべて買ってくるという。

 夕方,調味料を買いにアパートの下のスーパーに出かけた。
校門で呉さん龍さんと待ち合わせ,いつものスーパーで買い出し。

 家で待っていると他の学生たちも荷物をたくさん持ち,汗だくになりながらやってきた。

 それから,夕食作りのスタート。
みんな手際よく下ごしらえをする。

 ディナーのメニューは,水餃子・野菜を炒めたもの数種類,鶏肉を煮込んだもの,卵炒め,デザートは西瓜。

みんなでワイワイ言いながら楽しそうに準備している。

 張さんはお父さんがコックさんだったそうで,中華鍋を持つ姿が様になっていた。

 豪華な夕食が出来上がった。
学生のみんなと食べる本場中華料理はとてもおいしかった。
みんなたくさん作ったので,とても食べ切れない。

 みんなで,テレサ・テンの歌を2曲歌った。
彭さんがとても上手でびっくりした。
昨日買ったギターで伴奏した。

 中国で聞く本場「月亮代表我的心」は心に響く。

 片付けも手際よく,あっという間に台所もピカピカにしてくれた。
日本の学生ではこうはいかないと思った。
 風邪が治った気がした。

2011/09/12

お月見

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 張さんから誘われて,長沙の中心街へでかけた。
バスを乗り継ぎ,昼ごろに歩行者天国についた。
ファーストフード店の様な店で,昼食を取った。
台湾の店らしい。
ピリ辛の麺がおいしかった。

 ぶらぶらとウインドウショッピングをしながら湘江の方へ行ってみた。
たくさんの市民が涼みにきていた。

 あちらこちらから二胡の音色とそれに合わせた甲高い歌声が聞こえてきた。
湘江の流れ,二胡の音色,木陰にたむろする多くの人々,絶え間なく鳴り響くクラクション,遠くで聞こえる花火,青白く霞む空,ここは中国。
 
 ギターを買おうと思っていたので,張さんにお願いして,楽器店に寄ってもらった。
聞いたことがないようなメーカーのギターが陳列されていた。
フランス製?200元程度のギターもあったが,ほとんどがそっていた。
450元のものをピックつきで420元にまけてもらった。

 もっと値切れたと思うが,6000円程度で一応ギターが買えたので,よしとしよう。
 
 帰りのバスのバス停がなかなか分からずに,ずいぶんと時間がかかり,帰り着くころは夕食時になっていた。
張さんと学生食堂で夕食をともにし,帰宅。だいぶ歩いたのでちょっと疲れた。
 
 夜に劉先生からいただいた月餅を満月をみながら食べてみた。

 中国でのお月見。中秋節快楽

2011/09/11

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大きなお椀=どんぶり飯?上島コーヒー=UBC?

 李曼さんがわざわざ湘潭から来てくれた。
バスを乗り換え3時間かかったそうだ。

 李曼さんは,少し痩せていた。

 日本から帰国して長沙の『三一』という大きな会社の通訳として働いていたそうだが,今はやめて大学院に行くための勉強をしているということだ。

 しばらくアパートで話し,タクシーで星沙という町に行った。

 昼食を「大きなお椀」という意味の名前のレストランでとった。
李曼さんが「今日は私が御馳走します。」と言って,すべて払ってくれた。

 食後に上島コーヒー(UBC)でコーヒーとフルーツを食べた。
ここでも李曼さんが全部出すといってきかなかった。おみやげに月餅までもらった。

次はぜったい私が御馳走します。

 夜は範先生に誘われてバドミントン。
先日のグループとは違うサークル。
場所も以前学校があった場所のすぐそばということだった。
メンバーは先日の方々よりちょっと若い人が多かった。

 会場の支配人の息子さんは湖南省のチャンピオンになったそうだ。
先日よりはちょっと動けるようになったと思っていたら,腕が筋肉痛になった。

2011/09/10

教師の日

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今日は教師の日らしい。
学校にもそれらしい垂れ幕が掲げてあった。

2011/09/09

ネット開通

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長沙市の電気街へ行って。インターネット接続の設定をしてもらう。
昼に出かけて,夕方までかかった。
すごく遅くまで葛先生に付き合ってもらった。
太谢谢你了。

2011/09/08

スポーツは世界共通

範先生とバドミントン用のシューズを買いにいった。一番安いシューズを買った。Kawasakiのネームが入っていた。
ここでは,Kawasakiのバドミントン用具がはやっているらしい。
 夜,範先生とバトミントンに行った。
範先生と同年齢の方々が集まっているクラブらしい。すぐにダブルスの試合をしたが,全然だめ。
範先生はとても上手で動きに無駄がない。
スタミナもすごい。
見習わなくては!
湖南省はバドミントンがとても盛んで,ここもバドミントン専用コートだ。
シャトルを打っている人すべてが私よりも上手な感じだ。
久しぶりのバドミントン,とても楽しかった。
地元の人との会話?も面白かった。

2011/09/07

ネットがつながらない

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今日から授業がある。朝一番の授業だ。第41課の内容だ。
 学生は全部で8名。彭哲群さん,张晏松さん,朱宁さん,张媛さん,吴婷さん,龙娟さん,曹语茜さん,邓雅文さん。みんな笑顔で迎えてくれた。
 
 昼食は私の歓迎会をしていただいた。中華料理のお店で本場の辛い料理をいただいた。とてもおいしかった。この辛さはまだ大丈夫。でも,汗が滝のように流れてくる。

 葛先生とインターネットの接続にチャイナテレコムとチャイナユニシスに行った。でも,つながらなかった。いろいろためしてみたが,Vistaではだめらしい。

2011/09/06

白い空

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朝,目覚めて外を見た。

昨夜着いた時は遅かったので,周りの状況は全然分からなかったが,ここは団地の中のよう。

アパートは6階建だ,南側には同じような建物が何棟も見える。道路を挟んで向かいは一戸建ての別荘の様な建物がたくさん並んでいる。

遠く向こうには高層建築のマンションの様な建物。

空は晴れているのか曇っているのか分からないような感じで,白っぽい。すぐ下の道路ではリヤカーを引いたおばちゃんが掃除をしている。

 部屋にあった目覚まし時計の針は6時を指している。荷物を整理して,シャワーを浴びて着替えたら,ドアをノックする音。迎えの葛先生だ。

 学校は,アパートの隣。しかし,この団地には出入り口に門があり,警備の人がいるので,そこを通って行くと歩いて5分ほどかかる。

2011/09/05

ニイハオ中国

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10時に家を出発。荷物をあずけるときに超過料金を1万円も払う羽目になった。重量オーバーだ。

上海には約100分で到着。入国審査を受けて,荷物を取って,税関を通って・・・。あれ,税関はどこだ?

「地球の歩き方」には,荷物を取ったらすぐ目の前に税関があると書いてあったのに…。ない。

どこかにあるはずと探すが,やっぱりない。マニュアルに忠実に従う日本人としては,ちょっと,とまどった。でも,ないものはどうしようもない。ということで,長沙行きの乗り継ぎカウンターを探した。

しかし,上海空港は広い,なかなか見つからない。こういう場合,私が知っている中国語の中で使えるのは「我去長沙」だ。

あっちこっちの飛行機会社のカウンターのお姉さんに「我去長沙」と何度も長沙に行くことを宣言してきた。

どのお姉さんもこの長沙に行くことを自慢している変な人に,親切に行く方向を示してくれた。おかげでやっと長沙行きのチケットゲット!

これからが長い。約7時間の待ち時間。途中で,待合室でホットコーヒーを買って飲んだ。これが,熱い,チョー熱い。

長い待ち時間の眠気なんかぶっとんでしまった。(口の中をやけどした)※中国豆知識①ホットはすぐ飲んじゃだめ。猫舌の人は特に注意。

 長沙に着いたのは,夜の11時頃。範先生と劉先生がわざわざ迎えに来てくださった。お二人ともとても日本語が上手なのでびっくり。

なんやかんやで,我来了長沙

2011/10/02

ふーてんクマさんの長沙日記(仮)

下サイトの公式ブログが開けないので一時、間借り致します。
                 奥山

2010/12/13

出入国届け

ビザ切り替えのため日本へ一時帰国し、先日長沙へ戻って参りました。 
ここ中国では入国後24時間以内にもと寄りの警察署へ出入国の報告が義務付けられています。(旅行者は除く)
海外は勿論、香港や台湾などの管轄外の地域へ旅行した場合も同様の手続を行わなければなりません。
ルールに反すると50元~500元の罰金。最悪、国外退去になることも。

ルールに法り手続に行って来ました。
出頭日が日曜であったこともあり、あいにく外国国籍者の処理が分かる職員が不在。
警官達の言っていることが良く理解できない上に、私の怪しい中国語も上手く伝わらず笑が起きる始末で筆談と身振り手振りで必死に意思疎通。

日直の警官達があの手この手で調べている間おとなしく待っていると、昼食の時間になり、警察署内の職員専用食堂でご飯を頂けることに。

結局、日を改めて来るよう指示され無駄足となってしまいましたが、彼らの優しい気遣いと貴重な体験に満足(笑)

もちろん、再出頭し無事に届出は完了しましたのでご安心あれ。

2010/10/16

中国語レッスン開始

日系デパート「平和堂」で行われた「ジャパンウィーク」の打ち合わせに参加して来ました。

ジャパンウィークは来月11月に湖南大学で開催を予定しており、スピーチコンテストやコスプレ、写真展などを通し
日本の文化をより多くの人々に身近に感じていただこうと企画された日中の交流イベントです。
今年は尖閣諸島問題などの諸問題を考慮しイベントの内容や規模を縮小することに・・・残念です。

その後、中国語のレッスンを受けるため中南林業科技術大学へ。

毎日できる限り中国語でコミュニケーションをとるよう努めてはいるのですが、とにかく発音が難しい~!!
中国語を話す度に生徒達がクスクス笑出し、授業中に発音の指導までされることも・・・どちらが先生か分かりません(笑)
その為、中南林業科技術大学の先生から日本語学科の生徒さんを紹介していただきレッスンを受けることに。
大学卒業後は通訳ガイドとして働きたいという希望を持つ大学4年生の彼女、頑張っている姿がとても素適でした。

会議とレッスンを終えた後は流石に疲れを感じ、夕食を作る気になれず以前から気になっていた近所の丼物のお店へ
1人で行ってみました。

今回注文したのは「芹菜炒牛肉(チンツァイチャオニゥロウ)」セロリと牛肉の丼(14元)です。
中国語でメニューを注文し、持ち帰りが出来るかどうか聞き、あまり辛くしないように希望を伝える事ができました!!(^^)

中国での生活がちょっぴり前進した(?)ように感じる1日でした。

《写真;中南林業科技術大学図書館、芹菜炒牛肉》

2010/10/01

国慶節

10/1は「国慶節」。
1949年のこの日に中華人民共和国が設立した記念日で、日本でいう建国記念日です。
1日から1週間、学校も会社も休みになり、実家への帰省客や旅行客で各地が賑わいます。

祝日初日、富士橋日本語学校の福島先生と長沙の街を散策して来ました。
以前から行ってみたかった‘太平街’。
昔の町並みが再現された長沙市の歴史文化街で観光客に人気のスポットです。
また夜は、お洒落な飲み屋街としても有名で若者にも人気のスポット。

中国刺繍の施された靴や雑貨など女心をクスグル民芸品店も数多くあり、眠っていた物欲が沸々と。。。
お付き合い下さった福島先生もきっと呆れただろうな(笑)

2010/09/23

中秋節

9/22から3日間、中国では‘中秋節’という伝統的な祝日に入ります。

家族や親しい人たちと集まり、皆で月を愛でながら月餅(ユエビン)をいただきます。
また、遠く離れた家族を思い同じ空の下、月を眺め互いの安否や幸せを願う心温まる素適な行事です。
日本の‘お月見’も実はこの中秋節に由来しているとか。

残念ながら今年の中秋節は天気に恵まれずお月様が見えません・・・・。

学校の生徒達も大部分が実家へ帰省し、普段はスポーツを楽しむ子供達で賑わうグラウンドもとても静か。

そんな中国に来て初めての連休に早速、体調を崩し寝込んでしまいました。
3日程前から喉に痛みを感じ、用心はしていたものの38度5分を超える発熱(+ +)
予定していた日本人会の集まりや福島先生達とのバーベキューパーティーもキャンセルし、部屋で一人寂しい休日。。。。
体調管理すらまともに出来ない自分に凹みましたが、何とか熱も下がりホット一安心。

これから寒い冬もやってきます。
体調管理には十分気を配らなくては。